2026/05/31 21:10



奈良の竹林から届いた、奇跡の小麦

理屈や計算だけでは、きっとここまで来られなかった。

今日は、僕がパンを焼く上で欠かせない「ある農家さん」との、少し不思議でタフな旅のお話をさせてください。


2019年、運命の出会い

物語は、滋賀で開催された「種の交換会」から始まります。

僕が小麦の種を握りしめて「実はパン屋なんです」と話すと、一人の男性がパッと目を見開いて叫びました。

「さ、探してたよ!」

その人こそ、後に僕の戦友となるヘンリーさん。

元大学教員で熱心なキリスト教者という、少し変わった経歴を持つ方です。

「小麦を育てたい男」と「小麦が欲しい男」。

二人の魂が共鳴した、運命的な瞬間でした。



教授、竹林と戦う

ヘンリーさんが選んだ場所は、奈良の「あいのあぶら農園」。

しかしそこは、誰もが見捨てたような竹林が広がる荒れ地でした。

昨日までペンを執っていた教授のセカンドキャリアは、地下深くまで張り巡らされた竹の根との「肉弾戦」から始まったのです。

知恵や理論が全く通用しない。まさにゼロ、いえ、マイナスからのスタートでした。


試練の連続、それでも折れない心

ようやく開墾しても、自然は容赦ありません。

・収穫直前に、鳥たちに半分以上食べられてしまう

・収穫しても、石や枝が混じって選別に気が遠くなる

・やっと仕分けたら、今度は虫が襲ってくる……

普通なら心が折れる場面です。

でも、キリスト教者としての「信じる心」と、僕の「いつか必ず素晴らしい麦になる」という根拠のない信頼が、ヘンリーさんの背中を押し続けました。


収穫直後の麦↓(実以外にも茎や枝など色々混ざっている)



2025年、ついに結実した「魂の結晶」

そして昨年。ついに努力が報われる時が来ました。

かつてないほど豊かに実った小麦「ミナミノカオリ」。

それは、鳥も虫も嫉妬するほど美しく輝いていました。ヘンリーさんの情熱と、大地との孤独な戦い、そして僕たちの絆が形になった「魂の結晶」です。

日本には、もっと綺麗で完璧な麦を育てるスーパー農家さんがたくさんいます。彼らに比べれば、僕たちの麦はようやく一歩を踏み出したところかもしれません。

でも、この一粒には、どこにも負けない「物語」が詰まっています。


収穫後直ぐにバットに並べ、自然乾燥↓


物語を味わう、ふたつのパン

現在、当店で使用している全粒粉は、国内の素晴らしい農家さんの麦と、このヘンリーさんの麦を大切にブレンドして焼き上げています。

・フォルコンブロート

大地の優しさを丸ごと閉じ込めた全粒粉パン。酸味を抑え、毎日食べたくなる滋味深い味わいです。

・ロブロ(Rugbrød)

食卓を豊かに彩る、デンマーク伝統のライ麦パン。薄くスライスして、お好みの具材を乗せてお楽しみください。

一枚のパンを噛みしめる時、奈良の竹林で汗を流したヘンリーさんの姿を、少しだけ思い出していただけたら嬉しいです。

僕たちの旅は、これからも続いていきます。


ヘンリーさんの愛のあぶら農園の詳細動画🎥


収穫選別を終えた小麦を持って来店された

ヘンリーさん(左)とパン屋店主